ベッドから車いすへ移る途中で、利用者さんの膝がふっと折れる。
支えようとして体をひねった瞬間、腰の奥がずきっとする。その場は何とか座ってもらえて、記録を書いて、夜勤の残りをそのまま回す。翌朝、靴下をはこうとしてかがめない。
介護の現場では、よく聞く場面です。
このとき浮かぶのは「これって労災になるのかな」と「言ったら面倒な人だと思われないかな」の2つだと思います。
腰痛が労災になるかどうかは、厚生労働省が定めている「業務上腰痛の認定基準」で判断されます。この記事では、厚生労働省のリーフレットとパンフレット、法律の条文に書いてあることだけを並べます。
読み終えると、手元に次の3つが残ります。
この記事の内容
- 自分の痛め方が、認定基準の2つの型のどちらに近いかを確かめる見方
- 痛めた日に書いておくメモ6行
- 病院の受付と上司に言う一言
先に結論#
- 腰痛の労災認定は「突発的な出来事による腰痛」と「日々の負担が積み重なった腰痛」の2つの型に分けて判断されます。どちらも、医師が療養の必要を認めたものに限ります
- いわゆるぎっくり腰は、仕事中に起きても、それだけでは対象になりません。ただし、そのときの動作や姿勢がふつうでなく、腰に強い力がかかった場合は認められることがあります
- 労災と認められると、労災病院や労災保険の指定医療機関では治療が無料です。仕事を休んだ日は、4日目から1日につき給付基礎日額の80%が出ます
- 請求は本人が自分でできます。会社が証明を書いてくれなくても、請求書は受け付けられます
労災になるかどうかを決めるのは、労働基準監督署です。この記事は、自分のケースが労災かどうかの判定はしません。決めてもらうための材料をそろえる記事です。
腰痛の労災は、2つの型で判断される#

厚生労働省のリーフレット「腰痛の労災認定」(令和7年3月版)は、認定基準を2つに分けて説明しています。
1つ目: 突発的な出来事で痛めた腰痛#
リーフレットでの名前は「災害性の原因による腰痛」です。次の2つを、どちらも満たす必要があります。
- 腰のけが、またはけがの原因になった急激な力が、仕事中の突発的な出来事で生じたと明らかに認められること
- その力が腰痛を起こした、または前からあった腰痛や持病をひどく悪化させたと、医学的に認められること
リーフレットに載っている具体例は2つです。
- 重い物を運んでいる途中で転んだ、2人で担いでいる最中に1人が滑って荷を外した、のように、突然の出来事で腰に急激な強い力がかかった場合
- 持ち上げた物が思ったより重かった、逆に軽かった、不適当な姿勢で持ち上げた、のように、突発的で急激な強い力が腰に異常にかかった場合
例に出てくるのは、重い物を運んだり持ち上げたりする場面です。介護の場面がこの例に当てはまるかどうかは、リーフレットには書かれていません。そこを決めるのは監督署の調査です。だからこそ、あとで書く痛めた日のメモで、そのとき何が起きたかを残しておく意味があります。
ぎっくり腰はどうなるか#
ここは、リーフレットの文をそのまま引きます。
「一般的に、いわゆる「ぎっくり腰」(病名は「急性腰痛症」など)は、日常的な動作の中で生じるので、たとえ仕事中に発症したとしても、ただちに労災補償の対象とはなりません。」
続けて、発症したときの動作や姿勢がふつうでなかったことなどから、腰に強い力がかかったと分かる場合は、労災補償の対象として認められることがある、と書かれています。
分かれ目になるのは、痛めた瞬間に何をしていて、どんな姿勢だったか。ここでもメモが効いてきます。
2つ目: 日々の負担が積み重なった腰痛#
リーフレットでの名前は「災害性の原因によらない腰痛」です。突発的な出来事ではなく、腰に過度の負担がかかる仕事を続けたことで起きた腰痛を指します。原因によって、さらに2つに分かれます。
- 筋肉などの疲労が原因のもの: 腰に負担の大きい仕事に、約3か月以上ついていた場合
- 骨の変化が原因のもの: 重い物を扱う仕事に、約10年以上続けてついていた場合。ただし、ふつうの年齢による骨の変化を明らかに超えている場合に限られます
筋肉などの疲労の例として挙がっているのは、約20kg以上の物や重さの違う物を中腰で繰り返し扱う仕事(港湾荷役など)、毎日数時間、腰にとって極めて不自然な姿勢を続ける仕事(電柱の上での配電工の作業など)、長時間立ち上がれず同じ姿勢を続ける仕事(長距離トラックの運転など)、腰に大きな振動を受け続ける仕事(建設機械の運転など)です。
例の中に、介護の仕事は挙がっていません。挙がっていないから対象外だ、とも書かれていません。自分の仕事がこの型に当てはまるかは、仕事の中身と期間を調べたうえで監督署が判断します。
もともと腰痛があった人は#
椎間板ヘルニアなどの持病がある人が、仕事で再発したり重くなったりした場合も対象になります。ただし、リーフレットでは「その前の状態に回復させるための治療に限り」と範囲が決められています。
腰を痛めた日から、請求までの流れ#

ここからは、厚生労働省のパンフレット「労災保険 請求(申請)のできる保険給付等」に沿って、順番に並べます。様式の番号は、仕事中のけが(業務災害)の場合です。
1. その日のうちに、メモと報告#
痛めた日に、何が起きたかを書き残します。書く中身は次の章にまとめました。
上司やリーダーへの報告は、たとえばこう言えば足ります。
「今日の15時ごろ、〇〇さんの移乗のときに腰を痛めました。受診しようと思っています。労災の手続きのことを確認させてください」
時刻と、どの介助だったかを先に言うと、聞いた側も記録に残しやすくなります。
2. 受診するとき、受付で仕事中のけがだと伝える#
病院の受付で、最初にこう伝えます。
「仕事中に腰を痛めました。労災で受診したいです」
パンフレットによると、労災病院や労災保険の指定医療機関などでは、治療を無料で受けられます。指定医療機関かどうかは、厚生労働省の「労災保険指定医療機関検索」で調べられます。
やむを得ず指定医療機関以外で受診した場合は、いったん自分で治療費を払い、あとで請求すると、払った分の全額が支給されます。このときの請求書は様式第7号です。
3. 指定医療機関なら、様式第5号を病院に出す#
指定医療機関で治療を受けるときの請求書は、様式第5号(療養補償給付の請求書)です。パンフレットでは、本人が指定医療機関を経由して労働基準監督署に出す流れになっています。請求書は厚生労働省のホームページの「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」からも取れます。
4. 仕事を休んだら、様式第8号で休業の給付を請求する#
腰が痛くて働けず、その日の給料が出ていない場合は、休業の給付を請求できます。請求書は様式第8号です。
- 休業の1日目から3日目まで: 労災保険からは出ません。仕事中のけがの場合、この3日間は事業主が1日につき平均賃金の60%を補償することになっています
- 休業の4日目から: 1日につき、給付基礎日額の80%(保険給付60%と特別支給金20%)
給付基礎日額は、原則として、けがの原因になった事故の直前3か月分の賃金を、その期間の日数(暦日数)で割った額です。
パンフレットに載っている例で計算してみます。月20万円の給料で、締め日が毎月末日、事故が10月に起きた場合です。
- 7月から9月の3か月分: 20万円×3=60万円
- 7月31日、8月31日、9月30日を足して92日
- 60万円÷92日で、給付基礎日額は約6,522円
- その80%は、計算すると約5,218円。これが休業4日目からの1日分の目安です
自分の月給に差し替えるときは、最初の20万円を、事故の前3か月の自分の賃金に置き換え、92日をその3か月の日数に置き換えます。どの手当まで賃金に入るかなどの細かい扱いはパンフレットのこの例には書かれていないので、実際の額は、請求のあとに監督署が計算した通知で確かめてください。
5. 監督署が調べて、支給か不支給かを決める#
請求書を受け取った監督署は、仕事が原因のけがかどうか、休む必要があるかなどを調べます。必要に応じて、本人や関係者に書類の提出や話を聞くことがある、とパンフレットに書かれています。
受け取ってから決まるまでは、おおむね1か月です。場合によっては1か月以上かかることもあります。
会社が「労災にはならない」と言ったとき#
腰痛は、転んだ骨折と違って目に見えにくいぶん、「それは前からでしょう」「労災にするほどじゃない」と言われて迷う人もいるかもしれません。
パンフレットには、ちょうどこの場面の問いが載っています。会社が労災に当たらないとして、事業主の証明などの手続きをしてくれない、という問いです。
答えはこうです。労災保険の手続きは、けがをした本人が自分でしてかまわない。会社が事業主の証明を拒むなど、やむを得ない場合は、証明がなくても請求書は受け付けられる。
労災になるかどうかを決めるのは会社ではなく、労働基準監督署です。会社に言われた一言で、請求そのものをあきらめる必要はありません。
退職したあとや、会社がもう無い場合でも請求できる、とも書かれています。
迷ったときの電話先は、厚生労働省の労災保険相談ダイヤルです。
- 0570-006031
- 平日8時30分から17時15分まで
- 通話料がかかります
腰痛の労災補償など、一般的な質問を受け付けている窓口です。自分のケースについて詳しく聞きたいときは、最寄りの労働局か労働基準監督署に相談します。
痛めた日に書いておくメモ6行#

監督署の調査で聞かれるのは、仕事が原因かどうかです。何日もたつと、時刻やそのときの姿勢は思い出せなくなります。スマホのメモに、次の6行だけ残してください。
- 日時と場所 (例 10月18日 15時10分ごろ 2階の居室)
- どの介助をしていたか (例 ベッドから車いすへの移乗 1人で介助)
- そのとき何が起きたか (例 立ち上がりの途中で膝が折れ、支えようとして腰をひねった)
- 痛みの出方 (例 その場でずきっとした 翌朝かがめなくなった)
- 誰に報告したか (例 当日のリーダーに16時ごろ口頭で)
- 受診した病院と日付 (例 10月19日 〇〇整形外科)
日々の負担で痛めたと感じる人は、3行目のかわりに「どんな介助を、1日に何回、何か月くらい続けていたか」を書きます。入浴介助の担当日が月に何日あったかなど、勤務表を見れば数えられるものは数字で書いておくと、話がぶれにくくなります。
書けない行があっても大丈夫です。分かる行から書いて、思い出したら足します。
職場の側に求められていること#
ここまでは、痛めたあとの話でした。痛める前のことも1つ書いておきます。
厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」は、平成25年6月18日の改訂で、対象を介護・看護の仕事全般に広げました。指針には、介護の職場に向けて次のように書かれています。
「全介助の必要な対象者には、リフト等を積極的に使用することとし、原則として人力による人の抱上げは行わせないこと。」
ほかにも、指針には次のような内容があります。
- どうしても人の力で抱え上げるしかないときは、対象者の状態や体重を考えて、身長差の少ない2人以上で行う
- 負担の大きい仕事が、特定の人に集中しないよう配慮する
- 介護・看護の仕事に常時ついている人には、配置のときと、その後6か月以内ごとに1回、医師による腰痛の健康診断を行う
- 一斉に休憩をとりにくいので、交代で休憩できるよう配慮する
腰を痛めるのは、自分の持ち上げ方が下手だから、とだけ考えなくていいと思います。指針は、抱え上げを人の力に頼らない仕組みを、職場の側の取り組みとして挙げています。
職場に聞くなら、たとえばこの一言です。
「全介助の方の移乗で、リフトやスライディングボードを使える場面はありますか」
責める言い方にしなくても、指針に書いてあることを聞くだけで話は始められます。
よくある質問#
痛めてから何日かたってから受診しても、労災になりますか。
今回確かめた資料には、受診までの日数についての決まりは書かれていませんでした。仕事が原因かどうかは監督署が調べて決めるので、痛めた日のメモと、誰に報告したかを残しておくと、聞かれたときに答える材料になると思います。
前から腰痛持ちです。それでも請求できますか。
持病がある人が仕事で再発したり重くなったりした場合も、対象になります。ただし、その前の状態に戻すための治療に限られます。
何年前のことまで請求できますか。
休業の給付は、給料を受けなかった日ごとに請求する権利が生まれ、その翌日から2年で時効になります。指定医療機関以外で払った治療費の請求も、払った日の翌日から2年です。労働者災害補償保険法の第42条にも、療養と休業の給付を受ける権利は2年で時効によって消える、と定められています。
会社が書類を書いてくれません。
本人が自分で手続きしてかまいません。事業主の証明がなくても、請求書は受け付けられます。リーフレットには、その場合は最寄りの労働局か労働基準監督署に相談するよう書かれています。
認められなかったらどうなりますか。
支給か不支給かは、監督署から本人に通知されます。不支給の理由や、その後にできることを知りたいときは、通知を持って監督署か労災保険相談ダイヤルに聞くのが確実です。
この記事の情報は、2026年10月23日に厚生労働省の各資料と法律の条文を開いて確かめた時点のものです。様式や窓口の受付時間は変わることがあるので、手続きの前に公式の資料で確かめてください。
次に読む#
腰のつらさは、自分だけが弱いからではないかと思ってしまう人もいると思います。全国の介護の現場で働く2万675人の答えを並べた無料のノートでは、悩みとして「身体的負担が大きい」を選んだ人が23.9%いました。ほかの介護士がどこにしんどさを感じているかを、数字で見られます。
他の介護士さんって、どんな感じ? 全国2万675人の答えを並べました【みんなの声 第1回】https://note.com/logical_kaigo/n/n9efbd6772f66
腰が痛い日の帰り道に、メモ6行の1行目だけでも書いておく。日時と場所が残っていれば、あとの話はそこから始められます。
出典#
- 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 リーフレット「腰痛の労災認定」(令和7年3月。認定基準の2つの型、具体例、ぎっくり腰の扱い、期間の目安、既往症の扱い、事業主証明が得られない場合、労災保険相談ダイヤル。2026年10月23日閲覧) https://www.mhlw.go.jp/content/001400106.pdf
- 厚生労働省 パンフレット「労災保険 請求(申請)のできる保険給付等」(療養の給付と療養の費用、様式第5号・第7号・第8号、休業4日目からの給付と給付基礎日額の例、待期期間、時効、事業主証明がない場合。2026年10月23日閲覧) https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001535807.pdf
- 厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針及び解説」(介護・看護作業での抱上げ、2人以上での作業、腰痛の健康診断、交代での休憩。2026年10月23日閲覧) https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001376468.pdf
- 厚生労働省 三重労働局「職場における腰痛予防対策指針」(平成25年6月18日の改訂で介護・看護作業全般に対象を拡大。2026年10月23日閲覧) https://jsite.mhlw.go.jp/mie-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/anzen_eisei/hourei_seido/_118516.html
- 労働者災害補償保険法 第14条、第42条(休業補償給付の開始日と額、時効。e-Gov法令検索。2026年10月23日閲覧) https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000050