申し送りが伝わらない原因は、説明の下手さではなく順番にあります。SBARは、状況・背景・評価・依頼の4つの箱に入れる順番を固定する道具です。この記事では、SBARの中身、30秒で話しきる7手順、場面別の例文12本、記録に残すときの注意点を置きます。制度の記述は2026-09-06時点の現行基準に基づきます。
この記事の内容
申し送りが伝わらない原因は「順番」にある#
結論から書きます。伝わらない申し送りに共通するのは、情報の量ではなく順番です。時系列で話すと、聞き手が一番知りたい「で、自分は今なにをすればいいのか」が最後に来ます。
朝の申し送りは長くても15分程度です。利用者1人あたりに使える時間は1分に届きません。聞き手は最初の10秒で「これは自分が動く話か、聞いておくだけの話か」を仕分けます。ここで判断材料が出てこないと、残りは聞き流されます。夜勤帯から日勤帯への引き継ぎ、看護師や医師への電話でも構造は同じです。
SBARは、この最初の10秒に何を置くかを固定する型です。医療分野では Institute for Healthcare Improvement が改善ツールとして公開し、WHOの患者安全カリキュラムガイド(2011年)でもチーム内伝達の手法として紹介されています。介護現場でそのまま流用できます。
SBARの4つの箱に何を入れるか#
| 箱 | 日本語 | 入れるもの | 入れないもの |
|---|---|---|---|
| S | 状況 | 今起きていること、時刻 | 発見までの経緯 |
| B | 背景 | 既往、内服、直近の変化 | 既往歴の全部 |
| A | 評価 | 自分の見立て | 診断名の断定 |
| R | 依頼 | してほしいこと | 察してほしい期待 |
なぜこの順番なのか#
手順として覚えるより、理由で覚えたほうが崩れません。
Sを先に置くのは、聞き手の頭の中に受け皿を先に作るためです。「田中様、10時20分、37.9度」と言われた時点で、聞き手は発熱の対応を思い浮かべながら残りを聞けます。逆に「今朝から少し様子が違っていて」から始めると、聞き手は何の話か分からないまま単語を並べられることになります。
Bが2番目なのは、Sの数字が「その人にとって異常か」を決めるのが背景だからです。血圧100/60は、普段140の人と普段95の人では意味が真逆になります。背景のない数字は判断材料になりません。
Aは介護職の専門性が一番出るところです。「なんとなくいつもと違う」は立派な評価です。言葉にせずに飲み込むと、記録にも残らず、次の勤務者は同じ違和感をゼロから拾い直すことになります。ただし「肺炎だと思います」のような診断名の断定はしません。書くのは観察した事実と、そこから自分が何を心配しているかまでです。
Rを飛ばす人が一番多い、というのが施設のケアマネとしての私の実感です。事実だけを渡して「報告しました」で終わると、判断の責任が誰にも渡らないまま時間が過ぎます。「往診を依頼したい」「30分後に再検してよいか確認したい」と動詞で言い切るところまでがひとかたまりです。
関連記事: バイタル急変の予兆|数字の前に見る7つの観察点
30秒で話し、3行で書く7手順#
- 時計を見て、時刻を先に決める。「今朝」ではなく「10時20分」にする。
- Sを1文で作る。「〇〇様、△時△分、□□です」の形に当てはめる。
- Bを2つまでに絞る。既往、内服、直近48時間の変化から、今のSに関係するものだけ選ぶ。
- 数字を手元に並べる。測っていない項目は「未測定」と言う。
- Aを自分の言葉にする。「いつもと違う」で構わない。断定はしない。
- Rを動詞で言う。相手にしてほしい行動を1つに絞る。
- 相手の返答をそのまま記録に書く。指示を出した人の名前と時刻を残す。
注意したいのは4です。測っていない数字を推測で埋めないでください。「たぶん37度台」は、あとから記録を読む人には測定値に見えます。未測定と書くほうが、次に測る根拠になります。
電話をかける前の10秒で、次を確認します。
チェックはこの端末に保存されます。印刷して現場に貼る場合はそのまま印刷してください。
そのまま使えるSBAR例文12本#
名前は仮名です。自分の施設の様式に合わせて、時刻と数字だけ差し替えて使ってください。
発熱・呼吸・血圧の変化#
- 田中様、10時20分、体温37.9度です。昨日まで36度台でした。既往に誤嚥性肺炎があり、内服は降圧剤のみです。朝食は主食3割で、食後の咳がいつもより多い状態です。誤嚥の影響を心配しています。往診の依頼と、それまでの食事と水分の扱いについて指示をお願いします。
- 佐藤様、14時05分、SpO2が88%です。安静時で、普段は96%前後です。呼吸数は24回、口すぼめ呼吸が見られます。既往にCOPD、在宅酸素はありません。呼吸状態の悪化を疑っています。至急の受診が必要かどうか、判断をお願いします。
- 鈴木様、7時40分、血圧82/50です。普段は130台です。ふらつきの訴えがあり、立位は介助で可能です。昨夜の水分摂取が400mlと少なめでした。脱水と降圧剤の影響を心配しています。今朝の降圧剤を飲ませてよいか、指示をお願いします。
転倒・事故#
- 高橋様、10時20分、居室にて床に座り込んでいるところを発見しました。頭部打撲の訴えはなく、外傷は右肘に3cmの表皮剥離のみです。既往に大腿骨頸部骨折、抗凝固薬を内服中です。抗凝固薬があるため、見えない出血を心配しています。受診の要否について判断をお願いします。
- 伊藤様、16時30分、車椅子からの立ち上がりで尻もちをつきました。目撃者は私です。痛みの訴えはなく、その後の立位・歩行は普段どおりです。既往に骨粗鬆症があります。今は変化がありませんが、翌日以降の痛みの出現を心配しています。夜勤帯での観察項目を決めたいので、確認をお願いします。
食事・内服#
- 渡辺様、12時00分、昼食の主食3割、副菜2割で中止となりました。3日連続で5割を下回っています。体重は先月から1.8kg減、義歯の不適合はありません。食欲低下が続いていることを心配しています。次回のカンファレンス前に、管理栄養士へ形態変更の相談をしてよいか確認をお願いします。
- 山本様、8時15分、朝の内服を拒否されました。「前に飲んだら気持ち悪くなった」との発語があります。先週から同じ拒否が3回目です。内服は降圧剤と整腸剤です。自己判断で中止すると血圧に影響が出ることを心配しています。主治医に副作用の可能性を確認したいので、受診時の同行者を調整させてください。
夜間・行動の変化#
- 中村様、2時40分、廊下を歩いておられ、帰宅願望の発語がありました。入眠は22時、覚醒は0時30分と2時20分の2回です。日中の臥床が5時間ありました。昼夜逆転が始まっていることを心配しています。日勤帯で午前の離床時間を延ばす方向で、生活リハビリの内容を相談させてください。
- 小林様、19時50分、他利用者の居室に入ろうとする行動が3回ありました。声かけで戻られますが、10分後に繰り返します。1週間前から夕方に同じ行動があります。環境の変化として、先週から隣室の入居者が替わっています。原因を環境側で探したいので、夕方の居場所づくりについてカンファレンスの議題に上げさせてください。
家族対応#
10. 加藤様のご長男から、17時20分に電話がありました。「面会のたびに父の爪が伸びている」とのご指摘です。前回の面会は8月30日、爪切りの記録は8月28日でした。記録上は実施していますが、ご家族の目に触れる状態になっていたことは事実です。事実確認の結果をこちらから折り返す形にしたいので、返答の内容を一緒に決めさせてください。
看取り期#
- 松本様、5時10分、下顎呼吸が出現しました。呼吸数は8回、四肢に冷感とチアノーゼがあります。昨日から経口摂取はありません。看取りの同意書は8月20日付で取得済みです。状態の変化として主治医とご家族に連絡が必要と判断しています。連絡の順番と、ご家族への伝え方について指示をお願いします。
- 井上様、21時00分、ご長女が面会され、40分ほど手を握って過ごされました。ご本人から「ありがとう」との発語が1回ありました。ご長女は帰り際に「今週は仕事が休めない。土曜にまた来る」と話されています。ご本人が発語できる時間が短くなっているため、面会時に何を伝えたいかをご家族が整理できる状態にしたいと考えています。次回面会時の声かけの担当を決めさせてください。
書き直しの実例3組#
居室で転倒されていた。外傷なさそうなので様子を見る。
10時20分、居室にて床に座り込んでいるところを発見。頭部打撲の訴えなし。右肘に3cmの表皮剥離あり。抗凝固薬内服中のため、22時まで1時間ごとに意識レベルと嘔気の有無を確認する。
熱があるので、たぶん肺炎だと思います。看護師さんに言っておきます。
37.9度、昨日まで36度台。食後の咳が増えている。誤嚥の影響を心配している。往診依頼の可否を確認したい。
夜間不穏。何度も起きてこられた。対応困難。
入眠22時、覚醒0時30分と2時20分の2回。2時40分に廊下歩行と帰宅願望の発語あり。日中臥床が5時間。午前の離床時間を延ばす方向で相談したい。
ビフォー側に共通するのは、評価と依頼が消えていることです。「様子を見る」「対応困難」は、次の勤務者にとって何の指示にもなりません。何を、いつまで、どの基準で見るのかを書けば、それだけで申し送りになります。
記録に残すときの3つの注意#
ポイントは、話した内容と書く内容をずらさないことです。SBARで話した順番のまま記録に落とせば、書く時間も短くなります。
1つ目は、事実と推測を分けることです。観察した内容(S)と、そこから考えたこと(A)を同じ文に混ぜません。「顔色が悪く、脱水だと思われる」ではなく、「顔色不良、口腔内乾燥あり。脱水の可能性を考えている」と分けます。
2つ目は、診断名を書かないことです。介護職・介護支援専門員が記録に「肺炎」「脳梗塞」と書くと、医療的な判断をしたことになります。書くのは「発熱と湿性咳嗽」「左上肢の脱力」までです。医療的な判断が必要な場面は、主治医・かかりつけ医に確認してください。
3つ目は、受けた指示の出所を残すことです。「看護師に相談し、経過観察の指示」ではなく、「10時35分、〇〇看護師に電話。18時まで2時間ごとの検温と、38.5度以上で再連絡の指示あり」と書きます。指示の内容と条件と発信者が揃って、はじめて次の勤務者が動けます。
記録の保存期間も確認しておいてください。運営基準(平成11年厚生省令第39号など)では、記録は原則としてその完結の日から2年間の保存が求められています。ただし自治体の条例で5年としている地域があるため、法人の文書管理規程を必ず確認してください。事故に該当する場合の市町村への報告は、厚生労働省老健局が令和3年3月19日付で報告様式と考え方を示していますが、報告の要否の細かい線引きは保険者ごとに運用が異なります。
関連記事: サービス担当者会議の議事録の書き方|第4表にそのまま使える文例
看取り期の申し送りは、数字の隣に言葉を残す#
終末期になると、申し送りは数字の話に偏ります。呼吸数、SpO2、尿量、摂取量。どれも必要です。ただし数字だけを渡すと、その人が今日どう過ごしたかが引き継がれません。
私は、看取り期の申し送りには2行だけ本人と家族の言葉を残すようにしています。要約せず、言われたとおりに残します。上の例文12は、その形です。「土曜にまた来る」という一言が残っていれば、土曜の日勤者は面会の準備ができます。残っていなければ、家族は誰にも引き継がれていない場所に来ることになります。
人生の最終段階の医療・ケアの方針は、本人の意思を繰り返し確認しながらチームで決めていくものとされています(厚生労働省ガイドライン、平成30年改訂)。この「繰り返し確認する」を実務で支えているのが、日々の申し送りです。話し合いの場を1回設けることより、本人が言った言葉が消えずに次の勤務者へ届くことのほうが、回数としては圧倒的に多く効いてきます。
書かないことも決めておいてください。点滴の増減、酸素の使用、看取りの時期の見通し。これらは医療的な判断です。介護側の記録には「主治医に確認する」と書いて止めます。また、最期の場面を美しい物語として書かないでください。記録は、次の人が動くための情報です。
まとめ#
- 申し送りが伝わらないのは順番の問題。SBARは順番を固定する道具
- Sは時刻から、Bは2つまで、Aは断定せず、Rは動詞で言い切る
- 介護職が一番飛ばすのはR(依頼)。「報告しました」で終わらせない
- 記録は事実と推測を分け、診断名を書かず、指示の発信者と時刻を残す
- 看取り期は、数字の隣に本人と家族の言葉を2行そのまま残す
次の一歩として、今日の勤務で1人分だけSBARの型で申し送ってみてください。全員分をいきなり変える必要はありません。1人分で30秒に収まれば、その型は自分のものになっています。
よくある質問#
忙しくて、そこまで細かく書く時間がありません。
全部を書く必要はありません。優先順位は、①時刻 ②観察した事実 ③次に確認する基準の3つです。この3つがあれば、評価と依頼が抜けていても次の勤務者は動けます。逆にこの3つが欠けると、文章がどれだけ長くても引き継ぎになりません。
SBARは看護師向けの手法ではないのですか。
もともとは軍の通信手法で、医療のチーム内伝達に応用されたものです。職種を限定する型ではありません。介護職が使うときは、Aに医学的な評価を求められていない点だけ押さえてください。「いつもと違う」「食事量が3日続けて落ちている」で十分な評価になります。
評価(A)で自分の見立てを言うと、間違っていたときに責任を問われませんか。
断定しなければ問題になりません。「肺炎です」は断定ですが、「誤嚥の影響を心配しています」は懸念の表明です。むしろ、違和感を持ちながら何も言わなかった記録のほうが、あとから説明が難しくなります。医療的な判断が必要な場面は、主治医・かかりつけ医に確認してください。
口頭の申し送りと記録で、書き方を変えるべきですか。
変えないほうが早く終わります。SBARの順番で話し、同じ順番で記録に落とします。口頭で言ったのに記録にない、記録にあるのに口頭で触れていない、という食い違いが一番のリスクです。
申し送りの記録はどれくらい保管すればよいですか。
運営基準では原則として完結の日から2年間の保存が求められています。ただし自治体の条例で5年としている地域があるため、法人の文書管理規程で確認してください(2026-09-06時点)。
家族から「聞いていない」と言われないためには何を残せばよいですか。
連絡した時刻、相手の続柄と氏名、伝えた内容、相手の反応の4点を残します。「ご家族に連絡」だけでは、誰に何を伝えたかが再現できません。相手の発言は要約せず、言われたとおりに書いてください。
出典#
- World Health Organization「Patient Safety Curriculum Guide: Multi-professional Edition」2011年(チーム内伝達の手法としてSBARを紹介)
- Institute for Healthcare Improvement「SBAR Tool: Situation, Background, Assessment, Recommendation」(改善ツールとして公開)
- 厚生労働省「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準」(平成11年厚生省令第39号)記録の整備に関する規定
- 厚生労働省老健局「介護保険施設等における事故の報告様式等について」(令和3年3月19日)
- 厚生労働省「令和3年度介護報酬改定における改定事項について」(事故発生の防止のための指針、安全対策体制加算)
- 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂)