「主任、なんで辞めるって、先に言ってくれなかったの」
退職届を出したメンバーに、そう聞き返したことはありませんか。本人からすれば、何度もサインを出していたつもりかもしれません。でも主任には、それが見えていなかった。
離職は突然起きているように見えて、実はその手前に「主任の動き方」が大きく関わっています。この記事では、離職者を出さない主任が実際に何をしているかを、データと具体的な行動リストに分けて整理します。
※この記事の「離職者を出さない主任の動き方」=カリスマ性や人望ではなく、誰でも今日から真似できる「仕組みとしての行動」を指します。本編約5,555字・自己点検チェックリスト付き。
第1章:なぜ「主任の動き方」が離職を左右するのか
介護職員が前職を辞めた理由を尋ねた調査では、「職場の人間関係に問題があったため」が34.3%で最多、「法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため」が26.3%、「他に良い仕事・職場があったため」が19.9%と続きます(公益財団法人介護労働安定センター「令和5年度介護労働実態調査」)。
ここで見落とされがちなのが、「人間関係の問題」の中身です。同調査で「職場の人間関係に問題があった」と答えた人にその具体的な内容を尋ねたところ、「上司の思いやりのない言動、きつい指導、パワハラなどがあった」が49.3%で最も多く、「上司の管理能力が低い、業務指示が不明確、リーダーシップがなく信頼できなかった」が43.2%と続きます。
「理念や運営のあり方への不満」の中身も見ておくと、「経営の効率性やリスクを過度に重視し、介護の質の向上の取り組みが二の次になっていた」が30.9%、「介護の質の向上の手法・方向性が自分の理想とは異なっていた」が30.6%、「無駄な業務が多く職員の業務量負担への配慮が弱かった」が30.0%という結果でした。これらも、日々の業務設計や現場での判断に主任が関わる部分です。
つまり離職理由の上位は、突き詰めると「上司(主任クラスを含む)との関係」や「現場の運営の仕方」に強く結びついています。逆に、離職率が低下した事業所にその理由を尋ねると、「職場の人間関係がよくなったため」が63.6%で最多という結果も出ています。
主任の動き方一つで、現場の空気は良くも悪くも動きます。これは精神論ではなく、調査データが示している構造です。だからこそ、「離職を防ぐ」という課題は、主任個人の性格や人望の問題ではなく、行動を変えれば結果も変わる「仕組み」の問題として扱うことができます。
第2章:主任が陥りやすい3つの罠
現場でよく見られる、主任がはまりやすいパターンを3つ整理します。いずれも「悪気があってやっている」わけではなく、忙しさの中で自然にそうなってしまうものです。
罠1:愚痴を「そのまま」受け止め続ける
メンバーから相談や愚痴を聞くのは、主任の大事な役割です。ただし、聞いた内容をそのまま受け止め続けると、主任自身の負荷だけが積み上がっていきます。「そうだよね、しんどいよね」と共感するだけで終わると、愚痴を言った本人は一時的にすっきりしても、状況は何も変わりません。同じ愚痴が翌週も、翌月も繰り返されます。
罠2:上への報告が「守りの言葉」で止まる
「引き続き対応します」「状況を注視します」という報告は、一見無難に見えて、実は上司側に「主任は何もしていない」という印象を与えることがあります。具体的な行動が見えない報告は、結果として上からの圧力を強め、主任自身をさらに追い込みます。
罠3:一日の業務が「効率」だけで組まれている
人手が足りない現場ほど、業務は「早く終わらせること」を基準に組まれがちです。その結果、利用者ができることまで職員が先回りしてやってしまい、ケアの手応えが職員側からもどんどん失われていきます。「時間がない」は事実でも、「なぜこの仕事をしているのか」という手応えが消えたとき、メンバーは静かに離れていきます。
第3章:今日からできる実践リスト
3つの罠に対応する形で、今日から始められる具体的な行動を整理します。
3-1. 愚痴を「翻訳」する1on1の型
愚痴をそのまま受け止めるのではなく、その奥にある要求を一緒に言葉にする関わり方です。
- 「教えてくれてありがとう」と、まず伝える(否定から入らない)
- 「それってつまり、○○ということかな」と、愚痴の奥にある感情や要求を一度言い換えて確認する
- 「じゃあ、次はどうしてみる?」と、話を「次の一手」に向ける
- その場で結論を出せない相談は、「いつまでに返事するか」を必ず伝えて終わる
このやり取りに必要な時間は、5分から10分で十分です。重要なのは頻度で、月1回の面談より、週1回の立ち話に近い短い1on1のほうが、愚痴が溜まりにくくなります。
3-2. 上への報告を「提案の言葉」に変える型
報告のたびに、次の3つを1セットで伝える型に変えます。
- 起きたこと(事実)
- すでにやったこと、またはこれからやること(行動)
- それによって何が変わる見込みか(効果の予測)
例えば「人手が足りません」で終わらせるのではなく、「現状の人数で安全を保つために、業務のここを削りました。ただし利用者の自立支援に必要な時間はこれ以上削れないため、週◯時間分の応援を相談したいです」という形にする。守りの報告よりも、事実・行動・効果の3点セットのほうが、上司も一緒に考えやすくなります。
3-3. シフトと業務分担を「見える化」する
愚痴の多い現場ほど、「誰が何をいつやるか」が個人の裁量任せになっていることが少なくありません。特定の職員だけが気を利かせて動き続け、疲弊するという構造です。
- 朝の業務を、時間帯ごとに「誰が」「何を」やるか一覧にして、休憩室など全員が見える場所に掲示する
- 新人だけでなく、中堅・ベテランも同じ一覧に沿って動く(暗黙の役割分担をなくす)
- 月1回、メンバーから「この分担、無理がある」という声を拾う場を設ける
「気を利かせる人」に負担が集中する状態を仕組みで解消すると、愚痴の総量そのものが減っていきます。
3-4. 業務を「利用者の自立」から組み直す
早く終わらせるためだけに全介助にしてしまっている業務がないか、月1回でよいので棚卸しします。
- 利用者が自分でできる部分を、あえて「待つ」時間として業務の流れに組み込む
- 「待つ」ことで増える時間は、他の業務を削って相殺する(職員の負担を増やさない)
- 変化があった利用者の様子を、朝礼やミーティングで共有する
効率だけで組まれた業務を見直すことは、遠回りに見えて、職員がこの仕事のやりがいを取り戻す最短ルートになります。
第4章:主任自身のセルフケアも「仕組み」にする
主任がメンバーの愚痴を受け止め続ける役割を担う以上、主任自身が話せる相手を持つことも同じくらい重要です。これは気合いや性格の問題ではなく、仕組みとして用意しておく必要があります。
- 他部署や他施設の主任クラスと、月1回程度、情報交換できる場を持つ
- 法人内に相談できる上司や、外部の研修・勉強会のつながりを1つは確保しておく
- 自分の状態を月1回、簡単でよいのでメモに残す(体調・気分・業務量の3項目程度で十分)
主任が「誰にも話せない」まま抱え込む状態が続くと、その負荷は遅かれ早かれメンバーへの対応にも表れます。主任自身のセルフケアは、離職防止の仕組みの一部です。
よくある誤解1:「人望があれば辞めない」
主任の人柄や人望が離職防止に無関係とは言いません。ただし、データが示しているのは「上司の管理能力・業務指示の明確さ・リーダーシップ」への不満が離職理由の上位に入っているという事実です。人望だけに頼らず、報告の型や業務の見える化といった「仕組み」を並行して整えることで、属人的な負担を減らせます。
よくある誤解2:「主任一人が頑張れば現場は変わる」
主任が一人で3-1から4までを完璧にこなそうとすると、今度は主任自身が潰れます。すべてを同時に始める必要はありません。まずは1つ、たとえば「上への報告を3点セットに変える」ことだけを2週間続けてみる。小さく始めて、変化が出た部分から広げていくのが現実的です。
よくある誤解3:「主任だから残業・持ち帰りは仕方ない」
役職がついた以上、多少の残業は仕方ないと考える主任は少なくありません。ですが、主任が疲弊しきった姿は、そのままメンバーに「この現場の数年後」として映ります。業務の見える化や報告の型を整える取り組みは、実は主任自身の残業を減らすことにも直結します。「自分の負担を減らす工夫」を後回しにしないでください。
自己点検チェックリスト
- メンバーの愚痴を聞いたあと、「次にどうするか」まで話せているか
- 上への報告に、事実・行動・効果の3点が入っているか
- シフトと業務分担が、口頭ではなく見える形で共有されているか
- 利用者ができることを、職員が先回りしてやっていないか
- 自分自身が話せる相手を、施設の外にも1人確保できているか
- 自分の残業・持ち帰り仕事を、月1回振り返る機会を持てているか
要点
離職理由の上位は、突き詰めると上司との関係や現場の運営の仕方に強く結びついています。主任の動き方は、人望や気合いの問題ではなく、変えれば結果が変わる「仕組み」の問題です。
罠1(愚痴をそのまま受け止める)→3-1(翻訳する1on1)
罠2(守りの報告)→3-2(事実・行動・効果の3点セット)
罠3(効率だけの業務設計)→3-3・3-4(見える化と自立からの組み直し)
サマリー
- 介護職員の離職理由トップは「職場の人間関係」(34.3%)で、その中身の半数近くが「上司の言動・管理能力」に関するもの
- 離職率が下がった事業所の6割超が理由に挙げるのは「職場の人間関係がよくなったこと」
- 主任の3つの罠(愚痴の受け止め方・報告の仕方・業務設計)は、それぞれ具体的な行動に置き換えて直せる
よくある質問と答え
Q. 1on1の時間が取れません。それでも効果はありますか?
A. 5分から10分の立ち話でも十分です。重要なのは1回の長さより頻度で、月1回の長い面談より、週1回の短い声かけのほうが、愚痴や違和感を早い段階で拾えます。
Q. 上司が「提案の言葉」で報告しても聞いてくれません。
A. 一度で変わらないことは珍しくありません。事実・行動・効果の3点セットを2〜3回続けて出し続けると、上司側の受け取り方が変わってくることが多いです。それでも変わらない場合は、報告の場に第三者(他部署の主任など)を交えることも検討してください。
Q. シフトの見える化に、メンバーから反発があります。
A. 「監視される」と受け取られないよう、目的を先に伝えることが大切です。「特定の人に負担が偏らないようにするための一覧であって、サボりを見張るためのものではない」と明言してから始めてください。
Q. 業務を利用者の自立から組み直すと、逆に時間が足りなくなりませんか?
A. 「待つ時間」を増やす分、どこかの業務を削って相殺する設計が前提です。増やすだけでは職員の負担が増えるだけなので、削れる業務を先に洗い出してから着手してください。
Q. 主任自身が相談できる相手がいません。どうすればいいですか?
A. まずは施設内にこだわらず、外部の研修や勉強会、同業種のオンラインコミュニティなど、月1回程度顔を合わせられる場を1つ探すところから始めてください。継続的なつながりであれば、頻度は少なくても効果があります。
Q. 新任の主任です。何から手をつければいいですか?
A. 4つの実践をすべて同時に始める必要はありません。まずは3-2の「報告を事実・行動・効果の3点セットにする」ことだけを、次の報告から試してください。上司との関係が変わり始めると、他の3つにも取り組みやすくなります。
誘導先
ここまでの内容は、行動として整理した「型」です。実際に主任がこの3つの転換点をどう乗り越えたか、失敗も含めた具体的な過程は、有料note『「離職者を出すな」と言われ続けた主任3年目が、誰も辞めない現場をつくれた理由【3つの転換点】』(¥480)で扱っています。愚痴を翻訳する言葉の具体例や、上司への報告の言い換えテンプレートも収録しています。プロフィールの記事一覧からどうぞ。
出典
- 公益財団法人介護労働安定センター「令和5年度介護労働実態調査」(離職理由・人間関係の内容・離職率低下要因の集計) https://www.kaigo-center.or.jp/report/jittai/
- 介護ニュースJoint「離職率の低下、理由トップは良い人間関係 有効な施策に柔軟な働き方も=介護労働実態調査」 https://www.joint-kaigo.com/articles/28607/
- ドクターメイト「『介護の職場』を辞める時〜令和5年度介護労働実態調査 労働者調査から」 https://doctormate.co.jp/blog/newscolumn240925-2