夜勤の巡視のあと、ベッドから車いすへの移乗。腰に、いつもの鈍い痛みが走る。「持ち方が悪いのかな」と自分に言い聞かせて、次の居室へ向かう。道具を使いたいと言い出したら、手間だと思われそうな気もする。よくある場面を組み合わせた例ですが、心当たりのある人は多いと思います。
先に結論です。国の腰痛予防対策指針(平成25年に改訂)は、移乗・入浴・排泄の介助で全介助が必要な人には、リフト等を積極的に使うこと、原則として人力による人の抱上げは行わせないことを、事業者に求めています(厚生労働省「保健衛生業における腰痛の予防」)。主語は、働く側ではなく事業者です。腰痛を、あなたの持ち方の問題だけにしなくていい、ということです。
全国調査でも、悩みに「身体的負担が大きい」を選んだ人は、回答した2万675人全体の23.9%、介護職員だけ(7,519人)では34.1%でした(令和7年度介護労働実態調査・複数回答)。
この記事では、指針の言葉を利用者さんの状態別に1つの表にして、事業所に頼める順番と、そのまま使える言い方まで並べます。痛みの診断や治療の話はしません。
この記事の内容

指針の主語は事業者。書かれているのは「させない」と「検討する」#
厚生労働省のページに載っている指針の文を、短く整理します。
- 移乗・入浴・排泄の介助で、全介助が必要な対象者には、リフト等を積極的に使う。原則として、人力による人の抱上げは行わせない
- 座位保持できる場合はスライディングボード等、立位保持できる場合はスタンディングマシーン等の使用を含めて検討し、対象者に適した方法で移乗介助を行わせる
どちらも、動詞は「行わせない」「行わせる」です。させる側は事業者です。
もう1つ、見落としやすい点があります。「原則として人力による人の抱上げは行わせない」の文は、人数を条件にしていない、と私は読みました。「2人で抱え上げればいい」という方法とは、文の書き方が別だと思います。人手が足りないことは事実として、そのうえで、道具と手順の見直しも選択肢に入れてほしい。これは私の考えです。
同じページには、腰痛予防の対策として次のことも書かれています。
- 労働衛生教育で、腰痛の一般的な発生要因と回避・低減措置に加えて、ノーリフトケアの機器の使い方も教える
- 作業姿勢や動作を見直し、抱え上げは原則させない。ノーリフトにできるところは、スライディングシートやスライディングボードに変える
- 事業者は、定期的に労働者から意見を聴取し、フィードバックする体制を整える
指針は行政の指針で、事業者に向けたものです。私が読んだページの範囲では、守らない場合にどうなるかは書かれていません。そこは、この記事では判断しません。
利用者さんの状態で、指針の言葉が変わる#
指針の文は、利用者さんの状態によって書き方が変わります。1つの表にします。
| 状態 | 指針の書き方 | 頼むこと |
|---|---|---|
| 全介助が必要 | リフト等を積極的に使う。原則、人力で抱え上げない | リフトの有無と使える人 |
| 座位を保てる | スライディングボード等の使用を含めて検討 | ボードやシートの用意 |
| 立位を保てる | スタンディングマシーン等の使用を含めて検討 | 立位で使う機器の有無 |
誰がどの区分に当たるかは、事業所が利用者さんの状態を見て決めることです。ここでは決めません。自分が担当する移乗を、この3つのどこに近いかで分けてみる。それだけで、事業所への頼み方が具体的になります。

事業所に頼める順番は5つ#
- 担当している移乗の場面を、3つに仕分ける
- 職場に今ある道具を確かめる
- 使い方を教えてもらう
- 誰がどの人にどの道具を使うか、手順を決める
- 使ってみて困った点を、決まった場で伝える
1. 担当している移乗の場面を、3つに仕分ける#
ベッドから車いす、車いすからトイレ、浴室への移動。思いつく場面を紙に書いて、全介助、座位を保てる、立位を保てる、の3つに分けます。迷う人は、迷うと書いておいてかまいません。
なぜ最初なのか。指針の言葉が、状態で変わるからです。「リフトを入れてください」だけ頼むと、誰のどの場面の話かが伝わらず、頼みが大きくなって止まりやすいと私は考えます。場面を絞ると、頼みが小さくなります。
2. 職場に今ある道具を確かめる#
スライディングシート、スライディングボード、リフト、立位で使う機器。倉庫やステーションの棚にあるか、上司や福祉用具の担当者に聞きます。あるのに使われていない、あるのに使い方を知らない、という形もあり得ます。
購入を頼む前に、今あるものを確かめるのは、すぐ使えるものがあるかもしれないからです。無ければ無いと分かります。どちらでも、次の頼みが具体的になります。
3. 使い方を教えてもらう#
指針のページは、労働衛生教育に、ノーリフトケアの機器の使い方も含めるとしています。道具があっても、使い方を教わっていなければ、現場では使いにくいものです。教えてくれる人、時間、研修の予定を聞きます。
4. 誰がどの人にどの道具を使うか、手順を決める#
ここが一番、手間がかかります。この利用者さんには、この道具で、声をかけてから動く。夜勤の人数でもできる形になっているか。決める作業には、現場の人の意見を入れて進めてほしいところです。
めんどくさいと感じる人が多い所だと思います。ただ、現場で利用者さんと関わり続けたい人ほど、体を守る手順に時間を使う価値があると、私は考えています。
5. 使ってみて困った点を、決まった場で伝える#
指針のページは、事業者が定期的に労働者から意見を聴取してフィードバックする体制を整えることを挙げています。申し送りや定例の会議など、意見を出せる場がどこにあるかを聞いておきます。使いにくい点を、個人の愚痴にせず、場に載せるためです。
そのまま使える言い方#
使う場面ごとに、4本用意しました。道具の有無を聞くとき、使い方を教わりたいとき、場面を絞って頼むとき、困った点を伝えるとき、の順です。言い回しは、自分の職場に合わせて変えてください。
- 移乗のときに腰がきつくて、道具を使えないか確認したいです。スライディングシートかボードは、うちにありますか
- 国の指針に、ノーリフトケアの機器の使い方も教育に含めるとあると読みました。使い方を教わる機会は、予定にありますか
- 夜勤での、ベッドから車いすへの移乗だけでも、どの道具でどう動くかの手順を決めたいです。相談する時間をもらえますか
- 道具を使ってみて、ここが使いにくかったです。意見を出す場は、どこですか。次の会議で挙げてもいいですか
どの言い方も、誰かを責める形にはしていません。「やっていない」ではなく「確認したい」「決めたい」にしてあります。

頼む前に確かめておくこと#
チェックはこの端末に保存されます。印刷して現場に貼る場合はそのまま印刷してください。
注意 痛みが強い、足にしびれがある、日常の動きで痛みが続く場合は、この記事の順番を待たずに、医療機関に相談してください。この記事は診断や治療を扱っていません。
よくある質問#
道具が無い職場では、どうしたらいいですか。
まず、無いことを確認します。確かめたら、文例3のように場面を絞って、手順を決める相談から始められます。厚生労働省の同じページには、福祉用具の試用貸出事業と補助金の案内も載っています。対象や条件は、各制度のページで確認してください。
持ち方や姿勢の知識は、もう要らないのですか。
指針のページは、教育に、一般的な腰痛の発生要因と回避・低減措置を含めています。持ち方や姿勢の知識が不要という話ではありません。そのうえで、抱え上げは原則させない、と書いています。両方が並んでいます。
事業所に頼むと、悪者になりそうで言い出せません。
その気持ちが出ることはあると思います。だから、文例は「確認したい」「決めたい」の形にしました。指針のページは、事業者が労働者の意見を聴取する体制を整えることを挙げています。意見を出すのは、体制が想定している動きの1つです。
指針を守らない事業所は、違法ですか。
私が読んだ指針のページの範囲では、違法かどうかや罰則は書かれていません。この記事では判断しません。気になるときは、事業所の外の相談先を調べてください。
腰痛が今あるときは、どうしたらいいですか。
この記事は診断や治療を扱いません。痛みが続く、強くなる、しびれがあるときは、医療機関で相談してください。
持ち帰り#
明日の移乗の前に、ケアプランや記録、リハ職・看護の評価で、その人が座位や立位を保てる人とされているかを確かめてみてください(職員が独断で立たせて試すことはしません)。分かったことを、紙に一言メモする。それが、事業所に頼むときの最初の言葉になります。
座れる、立てる。そう見ていくと、利用者さんの「できる」が先に目に入りやすくなる、と私は思います。腰を守る話は、利用者さんの動きを見る目を増やす話でもあります。
この記事の情報は2026年10月14日時点のものです。指針や制度の案内は更新されます。
出典#
- 厚生労働省「保健衛生業における腰痛の予防」(職場における腰痛予防対策指針の改訂の説明、腰痛予防対策1〜4、福祉用具の貸出と補助金の案内。2026年10月14日閲覧) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_31197.html
- 公益財団法人介護労働安定センター「令和7年度介護労働実態調査 介護労働者の就業実態と就業意識調査 結果報告書」2026年7月(概要(5) 労働条件・仕事の負担についての悩み・不安・不満等、資料編 表22-1-1。2026年10月14日閲覧) https://www.kaigo-center.or.jp/content/files/report/R7_jittai_chousa_roudousya.pdf